『根を養う』 7月のコラム上へ
ガソリンの高止まり、居酒屋タクシー、秋葉原での無差別殺人、岩手宮城内陸地震。次から次へと色々な問題が起こってくる毎日。年金や高齢者医療という問題もあったなぁと過去の如くの思い。官僚は「省益優先」政治家は「党利党略」企業は「不祥事後多発」公務員は「年金づくり」と日本人の美徳はどこへいってしまったのか。
市場経済において、競争の原理が働き価値を創造したものが社会に認知され、必要とされるのは当然のことである。屋久島の紀元杉は数千年の長寿を保っているが、例外なくこの杉にも自然界の厳粛な競争原理が働く。一定の場所で、自らの生命を守るために太陽の光を奪い合い、敗れた杉はやがて倒れる。千年杉は千年もの間、自らの知恵で生きてきた。企業も努力を怠ってはならない。
いまの日本は要求型民主主義。マスコミはいわゆる弱者の味方、強者は悪とばかりに問題の根っこ、本質をそっちのけでまるで正義の味方ごとき、視聴率を上げることを第一に考え報道する。大新聞は金次第で論調を変えるとまでいわれている。一部分ばかり見過ぎて、全体を見失う風潮が蔓延している。企業の不祥事などは当然責めを負うべきだが、あまりにも執拗な報道は嫌気を差す。例えば医療事故には直ぐに起訴が起こされる。使命感が強い医師が、一人でも多くの命を救おうとすればするほど、過酷な条件を自己に課さなければならない。救急医療に所属するドクターは、朝から晩まで24時間の執刀を2日間も続けることもあり、そこに大きな事故発生の遠因があることをもっと報道すべきである。学校の先生も一部のいわゆるモンスターペアレントに頭を痛めている。クラス全員で写真を撮った時「なぜ、自分の子が端っこに座されるのか」と問い詰める親がいる。企業、医療現場、学校にも部分的には問題点は多々あるが、全部が悪い訳ではない。何かあると自分の主張を通し、起訴を起こし、義務の放棄と権利主義が増すばかりの日本。
グローバルスタンダードの名の下に、食物をエネルギーが世界を覆う拝金主義の投資の対象になっている。甘い汁を吸う彼らに苦しんでいる人達の気持ちが分かることはなかろう。
政治家の時局を見る目が失われている昨今。政治に携わる先生方には自民党とか民主党とか小さい事に拘泥せず、本質を見極める目を養ってもらいたい。仁徳天皇は「高き屋にのぼりて見れば煙立つ 民のかまどはにぎわいにけり」と国民の繁栄を喜んだ。そういう日本国に少しでも近づけるように願って止まない。
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『佐藤一斎』 6月のコラム上へ
佐藤一斎は江戸末期の大儒学者で、「言志録」(げんしろく)「言志語録」(げんしこうろく) 「言志晩録」(げんしばんろく)「言志耄録」(げんしてつろく)の言志四録は代表作である。
@「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うることなかれ。ただ一燈を頼め」(言志晩録13条) 人は見えないもの(暗夜)に不安を感じるもの。将来のこととか、暗闇とか。とかく人は暗夜を憂うる。目の前にある一燈を頼みにして努力をすれば道は開ける。究極は自分自身が一燈になることだ。
A「われはまさに人の長処を視るべし。人の短処を視るなかれ。短処を視れば、即ちわれ彼に勝り、われにおいて益なし。長処を視れば、即ち彼われに勝り、われにおいて益あり」(言志晩録70条) 人を見るときは優れたところを見るべきで短所を見てはいけない。短所を見れば自分の方が優れていると思い自分のためにならない。長所を見れば自分の至らなさが分かり発奮するから自分のためになる。
B「講説はその人にありて、口弁にあらず」(言志晩録43条) 講義で説くことが人を納得させるかどうかは、講義をする人がどういう人格なのかによるのであって、口先の言葉にあるのではない。時間を守らない人が時間を守ろうといくら言っても誰も聞かない。
C「血気には老少ありて、志気には老少なし」(言志晩録243条) 血気には青年と老年の違いがあるが、志気にはその差はない。青年でも志気がない者もいれば、年配者でも志を持って励んでいる人もいる。いくつになっても志を持ちたいものだ。
D「少にして学べば壮にして為すことあり、壮にして学べば老いて衰えず、老にして学べば死して朽ちず」(言志晩録60条) 少年の時学べば壮年に自分の為すこと、即ち使命に気が付く。壮年時に学ぶと老年になっても精神的に衰えることはない。老年になって学べば亡くなってからも名を遺す。
E「毀誉得喪は、真にこれ人生の雲霧なり。人をして昏迷せしむ。この雲霧を一掃すれば、天青く日白し」(言志耄録216条) 人から中傷されたり、褒められたり、地位や名誉や利益を得たり失ったりすることは、人生において雲や霧のようにはかないものである。しかし人はこれに迷う。その雲霧を一掃すれば、青天の白日のように、迷うことはなくなる。
F「己を喪(うし)えば人を喪う。人を喪えば物を喪う」(言志録120条)己を失う、つまり自分自身を確立していないと信用がなくなり友人を失う。人も信頼を失うと物もうしなってしまう。
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『 自己疎外の時代 』 5月のコラム上へ
新聞、雑誌、ネット等を見て思うことだが、現代はいわゆる自己疎外、人間疎外の時代といって良い。つまり自分自身を棚上げにし、自分の都合の良いように勝手に思い込み、外へばかり心を馳せて、内を忘れてしまう。
心を病んでいる現代人が多い。外にばかり心も目も向け、自分を省みない。内面をお留守にして、自己欲望の対象ばかりに思いをおく。その結果、自身を見失い、行きつくところは自分で自分自身が何者なのかわけがわからなくなる。たくさんの刺激に満ちている日常生活に自ら疲れ、矛盾や悩みを抱え込む。この刺激が自ら望んだものか否か、少し落ち着いて内省する余裕を持ち、振り返って見よう。さすればその矛盾や悩みが実に他愛ないことに気づくであろう。
何故内省する余裕がないのか。それは多忙ということ。多忙にしていないと取り残されるように感じてしまう。今の人は子供から大人まで、なにがそんなにと思うほど実に忙しい。「忙」という字は心が亡くなる、亡ぶということ。自分を亡くしてしまって、心ここにあらずになり、間違いが多くなる。そしてそれによって落ち込んだり、反対に攻撃的になったりする。躁と鬱が顕著に表れ、自分の思うようにならないとカッとなってしまう。こらえる、耐えるということをしない幼児レベルの大人が多い。
都市文明、市民生活というものは、外物の刺激が多すぎ、強すぎて、自己を疎外し、人間味が失われ、錯誤や葛藤が限りなく次々と発生する。田舎の過疎地に行ったときなど、そこに住む人々の素朴な人間味に触れたりすると、ほっとするのは少なからず誰でもあるだろう。自分の内省、自己の修練を捨てて、知識、技術や金儲けだけに走ったなら、人間はつまらなくなり、自分の生きている価値、存在価値を見出せなくなる。人間は相手が喜んでくれた時、そこに自身の価値を見出すものなのだ。水を両手で押しやれば、巡り回って自分のところに戻ってくる、「たらいの水」の教えの如く、相手が喜ぶことだけをお互いしていれば、世の中変わるのだが、、、。
今の日本の発展をさせた昭和のある年代まではまだ情緒、人間味があった。時間を巻き戻すことはできないが、心の育成、精神の安定、を巻き戻すことは可能ではなかろうか。自分を確立し、論語「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」の君子の気概をもたねばならぬ。自己疎外は自分を苦しめ、周りを苦しめ、社会に多大の悪影響を及ぼす。キレやすくなった現代人。そのなかで禅を組んだり、写経をしたり、内観に通う人が増えているという。人間として人間性を取り戻したい、取り戻そうともがいている現代人のひとつの現われともいえるのではないかろうか。
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『 根と幹 』 4月のコラム 上へ
人間には欲というものがあり、その欲からいろいろなものを望む、欲しがる、それが高じて貪る、貧欲になる。善き心理においては、進歩、向上を求める心、つまり理想というものになり情熱となる。この理想の情熱がこれほどの科学、文化を発展させた原動力になりえた。単なる肉体的・物欲的欲求には動物との差異はない。陰陽・根幹をからめ精神的・人格的・求道的欲求を検証してみる。
根から幹が出て枝葉が繁茂していく。これをそのまま伸ばし放題にしたら、枝の力は未梢化して木そのものの力が弱ってしまう。だからあまり枝葉を繁らせたり、花を咲かせたり、実をならせ過ぎると、花も実もまずくなる。そして翌年はダメになる。本当に木を繁栄させるには、正しく枝葉を刈り、剪定しなければならない。欲を出してもっと花を咲かせたい、もっと実を成らせたいと思ってはいけない。間引く事によって木の全体的な命を維持し、永続させる事ができる。分かれて伸びるという陽の働き、剪定、果決という陰の働き。そうして初めて永生が期待される。
造化の理法というものは根や幹を重んずるが、時代に分化発展していく。その文化発展を分散、混乱、破滅に陥れないで、それをいかに整え、根幹との結合を固くし、木そのものを正しい意味における繁栄に導くか、我々日常の生活、存在、人格というものをいかに整えるか。これにどう手を入れ、どう反省し、どう剪定、果決、即ち己の欲望に打ち克って修めていくか。現実を受け入れ、現実の上に立ち、選択をしていかに己を高めていくか。
ここでの問題は分化、発展してゆく過程で、多くの疲労と破滅を伴う事である。陰の働きは「統一し含蓄する働き」といえる。そして陰は表面化しない。陽は文化発展であり、直接経験であるのに対して、陰は二次的なもの、間接的なものである。欲望に対して反省である。反であり環である。
人間の堕落頽廃、破滅というものは多くは行きっきりになり、どうしても現実的になる。大事な事は文化発展よりも総合含蓄である。いかにして派生するものを統一し、根に帰するか。できるだけ幹に結びつけ、根に帰する事に力を注げば、我々の存在、生というものが確かになる。現代の我々は常にプラスの成長を良しとし、マイナスは嫌、苦労、辛い事は嫌で前進発展だけを望む。ゆえに、剪定をせず、大きく枝を伸ばし、大きな葉や花や実を自分の実力と思い違いをして誇示する。やがてひとつの時代が終わり、季節が変わった時、残るのは誰も見向きもしない貧相な幹と細い根だけ。人生の締め括りである晩年を汚さぬよう、季節に関係なくしっかりとした根と幹を持ちたいものである。
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『 因果 』 3月のコラム 上へ
人間はいくら理想をもって実践に励もうと思っても、きっかけがなければ観念の遊戯、煩悩になってしまう。その手がかりというものが即ち「縁」である。いかなる因も、因からそのまま果にはならない。因果というが因から一足飛びに果には成らない。因は何かそこに手がかりがあって、そこから果が生まれる。これを縁という。即ち縁から起こる、縁起である。因果は言い換えれば縁起である。
そこでどういう縁を持つかということが大事である。因果は「何の因果でこんな目に遭うのか」などと、悪い意味に使われるが、実は善い事も因果である。人間は善いことはあまり感じない。悪いことはよく覚えている、深刻に考える。だから人から恵まれたこと、厚遇されたことは忘れやすいもので、いじめられたことなどはよく覚えている。善というものに対して案外感心が薄く、悪というものに対しては非常に感じが強い。毎朝新聞を読んでも、よいことが書いてあるとそれほど感じないが、悪いことが書いてあると非常に印象が深い。フランスの詩人が「人々は、毎朝起きて新聞を見て何か非常に悪いことでもないと、今日はなにもないという」と名言を残している。そういう妙な人間の心理的な部分が因果を悪い意味で使うようになったようだ。反対に面白いことに「果報」と言うことになると、これは悪いものも入っていたが、善い事に使っている。
因果も果報も縁から起こる。人間の大事なことは縁から起こる。人を愛する、人に尽くす、人を助けるということは、道徳上もっとも本質的な問題である。しかし人類の幸福のため、世界の平和のためにやるのだ、などというのは、景気がいい。聞いていて盛んだけれど、これは事実において空虚である。世界だとか人類だとかというものは、人間の概念、気分であって、事実上の縁起にならない。本当に人類のため、世界のためというなら、直接人間の接触から始めなければならない。それは何かといえば一番は身近な家族であり、親族であり、朋友、隣人である。又職場である。そこから実践していかなければ具体的事実ではない。
つべこべ泣き言、小言を言わない。そういうことは綺麗さっぱりと捨てて、人間の大事な根本問題、本質の問題に立ち返る。そうして自分の縁から始め、手がかりをつかんで、そこを起点としてやっていく。飛び越えたいことはやらない。気分や概念に浮かされることなく、自己の確立を目指したいものである。
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『 決断 』 2月のコラム 上へ
組織で何らかを方策を決定する際に、役員会の多数決で決めるのであればリーダーはいらない。リーダーは時として少数意見を取り入れ、決断をする場合がある。自分の判断が組織の運命を決め、社員の禍福に直結するとなると、神仏に祈り、我一命を捧げてもいいから、この道正しかれの境地になる。そして決死の形相になる。指揮官は決断のためにのみ存在する。
1904年〜1905年の日露戦争。3月10日の奉天戦は、日本陸軍の大勝利で、その時の総指揮官は大山厳元師であった。彼は実際の作戦指揮はほとんど児玉源太郎総参謀長に任せていた。とき時の軍には、勝利の勢いに乗じてロシア軍を追撃し、殲滅しようとの気運がみなぎり、国民も戦勝に酔って盛んに戦いを煽っていた。尊い幾多の犠牲者のことや、戦費のことなどは、軍やマスコミの煽りによって表面には全く出ず、世論が戦争継続を支持した。
圧倒的な戦争遂行の世論にも拘らず、大山総司令官は児玉総参謀長に東京大本営へ戻るように命じる。明治政府もこの開戦に当たって「この戦争はせざるを得ないが、現在の国力では長くは戦えない」との冷静な判断をしていた。当時その斡旋役はアメリカのルーズベルト大統領以外におらず、金子堅太郎をワシントンに派遣。結果、ルーズベルトの仲立ちでポーツマス講和条約に結びつく。後日、専門家の分析によれば、我陸軍は奉天戦が体力的にギリギリの限度であったとの説が強い。
ポーツマス講和会議の日本全権大使は小村寿太郎であった。3月10日の奉天戦の大勝利に酔い、5月27日の日本海海戦での圧倒的な勝利に日本国中の世論は沸きに沸き、マスコミの扇動もピークに達していた。日本の現状を深く理解し国家の運命を坦った小村は、賠償金すら一切求めず講和の早期成立をひたすら望んだ。大任を果たした小村を迎える世論は喧々囂々として、横浜港に上陸することすら許さない空気が覆い、世論を扇動するマスコミによって、日比谷公園や京橋の交番焼き討ち事件が発生するに至った。
昭和になり終戦直後の日本を背負った吉田茂首相は、国益を優先したからこそ昭和27年4月28日の実質の独立に辿り着き、岸内閣は60年安保の時に世論の反対を押し切り成立にこぎつけた。
国家の命運を坦うリーダーの冷静な判断があって国益が護られ、国家が保全されてきた事実がある。世にいうリーダーたち、とりわけ宰相たる者は世論を越える決断があることを覚悟して任に当たるべきである。
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『 2008年 』 1月のコラム 上へ
新しい年の幕開け。2008年(平成20年)。平成の元号も早20年。毎年この時期に誰でも思う。良き年でありますように、世界が平和でありますようにと。
お正月に祈念したことが、勤務が始まり、学校が始まり、日常生活に戻った途端コロッと忘却の彼方にいってしまうのが、一般人の常である。多少心がけて努力していても、その内「自分には無理だ」「ここまでできればいいや」と自分に妥協して、可能性を自ら放棄してしまう。王陽明が「山中の賊を破るは易し、心中の賊を破るは難し」といっているが、今年は一年間元日の思いを持ち続けたい。
ドイツの哲学者カントは生まれつきのくる病だった。背中に瘤があり、脈拍は絶えず120〜130.喘息でいつも苦しげに喘いでいた。ある時、町に巡回医師がやってきた。父はカントを連れて診せに行った。診てもらってもどうにもならないことは、カント自身も分かっていた。医師は言った。「気の毒だな。君は。しかし気の毒だと思うのは、体を見ただけのことだよ。考えてごらん。体はなるほど気の毒だ。だが君は、心はどうでもないだろう。心までもが息が苦しいなら別だが心はどうでもないだろう。苦しい辛いと言ったところで、この苦しい辛いが治るものじゃない。君が苦しい辛いと言えば、お父さんお母さんも苦しい、辛い。言えば言うほど、皆が余計に苦しくなる。苦しい辛いと言うその口で、心の丈夫なことを喜びと感謝に考えれば良い。体はともかく、丈夫な心のお陰で君は死なずに生きているじゃないか。死なずに生きているのは丈夫な心のお陰なんだから、それを喜びと感謝に変えていったらどうかね。そうしてごらん。私の言ったことが分かったろ。それが分からなかったら、君は不幸だ。これが君を診断した私の君に与える言葉だ」
カントは医師に言われた言葉を反芻した。「心は患っていない、それを喜びと感謝に変えろ、とあの医師は言ったが、俺はいままで喜んだことも感謝したことも一遍もない。それを言えというんだから、言ってみよう。そして、心と体とどっちが本当の自分かを考えてみよう。それが分かっただけでも、世の中のために少しはいいことになりはしないか」偉大な哲学者カントの原点はここにあった
健康とは健体(すこやかな体)と康心(やすらかな心)のこと。体を健やかに保つこと。それは天地から体を与えられた人間の務めである。そしてそれ以上に大事なのが、心を康らかに保つことだ。体が丈夫でも心が康らかでなかったら、健康とはいえない。たとえ体が病弱でも心が康らかなら、生命は健やかである。これは個々の人間から小さな組織、国家まで、あらゆることに通じるであろう。
人は生きてきたように死んでいく。皆、よき生を生きたいと願う。年頭にあたり、我人生の洗い直しをして充実の一年にしたいものである。
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